国籍法の変遷

資料集

明治6年太政官布告第103号

 我が国における最初の国籍に関する成文法規は、明治6年3月14日太政官布告第103号である。その要旨は
① 日本国民の妻又は婿養子となった外国人は、当然に日本国籍を取得する。
② 外国人の妻となった者は、当然に日本国籍を喪失する。
③ ②により日本国籍を喪失した者は、政府の許可を得て、これを回復することができる。
 というものであって、この布告は、国籍の得喪に関する包括的な法規ではなく、単に日本国民と外国人の婚姻を許すこと、及びそのような婚姻に伴う日本国籍の得喪について規定したものであるが、注目すべきは、内外人間の婚姻につき政府の許可を要する点において、封建社会における国籍強制主義を残存させるとともに、出生後の国籍の得喪を認めている点において、国籍自由の原則への第一歩をしるしていること、婚姻を国籍の得喪を原因とする夫婦国籍同一主義を採用していること、及び婿養子による国籍の取得を認め、家族制度への配慮がなされている点である。

旧民法人事編(明治23年法律第98号)

 我が国の最初の包括的な戸籍立法は、旧民法人事編第2章「国民分限」の規定によって実現されたものである。旧民法は、フランス民法典の強い影響の下に起草されたものであり、民法中に国籍に関する規定を設けたと同様の理由によるものであって、明治22年に制定、公布された大日本帝国憲法(以下「旧憲法」という。)第18条の「日本臣民タル要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル」との規定を実現すべきものであったが、いわゆる法典論争の結果、施行されるに至らなかった。
従来、旧民法人事編で採用された国籍の得喪に関する原則の多くは、その制定された旧国籍法に引き継がれ、我が国の国籍立法の基礎であると評されていたが、旧民法人事編の起草・検討作業中に、別の国籍法案の起草作業が、当時の太政官第書記官であった井上毅によって並行して行われており、これが旧国籍法の原案と推測されるに至っている。
旧民法の定める国籍取得の原因は、次の通りである。
① 出生
② 国籍の選択
③ 外国人女性の日本国民との婚姻
④ 帰化
⑤ 国籍の回復
また、国籍の喪失の原因は、次の通りである。
① 任意の外国国籍の取得
② 政府の許可を得ない外国官職への就任及び外国軍隊への入隊
③ 日本人女性の外国人との婚姻
④妻又は未成年につき、夫又は父母の日本国籍喪失
 以上旧民法において注目すべき点は、出生による日本国籍取得について父系血統主義を採用したこと、帰化及び国籍選択による国籍取得と外国の国籍の取得による日本国籍の喪失を認め、国籍非強制、国籍自由の原則を明らかにしたこと、さらに、夫婦同一国籍の原則に加え、親子間における国籍の統一性を図ったことである。

明治32年国籍法

 1 現実に施行された包括的な国籍法規は、明治32年3月16日法律第66号で公布、明治32年4月1日施行された国籍法(以下「旧国籍法」という。)であるが、これにより、日本臣民たる要件は法律の定めるところによると旧憲法第18条の期待が、要約実現されるに至った。また、これに先立ち、明治31年には、明治6年太政官布告第103号を前面改正し、外国人を養子又は入夫とするには内務大臣の許可を要する旨を定めた法律(明治31年法律第21号)が制定されている。
旧国籍法は、大正5年法律第27号及び大正13年法律第19号による国籍の喪失についての改正(日本国籍の離脱規定)を経て、昭和25年の現行国籍法の制定により廃止されるまで、その効力を有した。また、旧国籍法は、我が国の海外領土のうち、台湾(明治32年勅令第289号)及び樺太(大正13年勅令第88号)に施行されたが、朝鮮には施行されなかった。
 2 旧国籍法は、出生による国籍の取得について、父系血統主義を採用したが、これに加え、日本で出生した子で父母が共にしれない者、又は父母が共に無国籍であるものは、出生により日本国籍を取得するものとし、補充的に生地主義を採用し、無国籍を防止している。
出生後の国籍取得については、帰化及び国籍の回復のほか身分行為あるいは身分関係に基づく日本国籍の当然取得を認めている。後者に属する国籍取得事由を列挙すると、次の通りである。
① 日本人の妻になったこと
② 日本国民の入夫となったこと
③ 日本国民に認知されなかったこと
④ 日本国籍の養子となった者
⑤ 妻について、夫が日本国籍を取得したこと
⑥ 未成年について、父又は母が日本国籍を取得したこと
 3 旧国籍法では、国籍喪失事由として、自己の志望による外国人の国籍の取得のほか、身分行為あるいは身分関係に基づく日本国籍の当然の喪失を認めている後者に属する国籍喪失事由を列挙すると以下の通りである。
① 外国人の妻になったこと
② 婚姻により日本国籍を取得した者が離婚したこと
③ 養子縁組により日本国籍を取得した者が離縁したこと
④ 外国人に認知されたことにより外国の国籍を取得したこと
⑤ 妻について、夫が日本国籍を喪失したこと
⑥ 子について、父又は母が日本国籍を喪失したこと
 国籍喪失については、17以上の男子について、既に陸海軍の現役に服したとき、又はこれに服する義務がないこと、及び現に文武の官職を帯びていないこと、という制限があった。
 4 旧国籍法制定当初は、自己の志望による国籍の離脱を認めていなかったが、大正5年3月16日法律第27号(同年8月1日施行)の改正により、生地主義国で出生したことによりその国の国籍を取得した日本国民が、その国に住所を有するときは、内務大臣の許可を得て、日本国籍を離脱することができるとの規定が追加された。また、外国人の妻となった日本人女は、当然に日本国籍を喪失するものとされていたが、国籍の消極的抵触(無国籍)を防止する見地から、その婚姻により外国人夫の国籍を取得したときに限り、日本国籍を喪失するものとされた。
しかし、この改正においても兵役義務による国籍離脱の制限があったため、大正13年7月22日法律第19号(同年12月1日施行)の改正によって、兵役義務による国籍離脱の制限が撤廃されるとともに、勅令で指定する生地主義国で出生した者は、一定期間に日本国籍留保の届出をしなければ、出生の時にさかのぼって日本国籍を喪失するものとされ、また、国籍を留保した者は、届出のみによって日本国籍を離脱することができるものとされた。さらに、勅令で指定する以外の生地主義国で出生した者は、内務大臣の許可を得て、日本国籍を離脱することができるものとされた。

昭和25年国籍法

 旧国籍法は、昭和25年5月4日法律第147号として公布、同年7月1日施行された国籍法(以下「改正国籍法」という。)によって全面改正された。改正前国籍法は、昭和22年5月3日から施行された日本国憲法第10条の「日本国民の要件は、法律でこれを定める」との規定を具現するものであるが、さらに、憲法及び改正民法との抵触の解消を目的として制定されたものである。
 そこで、旧国籍法と対比した場合の改正前国籍法の特徴は、次の通りである。
① 旧国籍法上の国籍離脱の制限が撤廃され、外国の国籍を有する日本国民は、全て届出により、日本国籍を離脱できるものとされた。
② 旧国籍法上の家制度に立脚する規定及び婚姻、養子縁組、認知、離婚、離縁等の身分行為に基づく国籍の得喪の制度が廃止され、身分行為は国籍の得喪に影響を及ぼさないこととされた。
③ 夫又は父母の国籍の変更は、当然に妻又は子の国籍の変更を生ずるとの規定が廃止され、妻及び子についての国籍法上の独立の地位が認められた。
④ 旧国籍法は、帰化者等に対して公法上の資格を制限したが、法の下の平等を保障した憲法の精神に反するものとして、その制限が撤廃された。
⑤ 旧国籍法上の国籍留保制度は、勅令で指定する特定の国における場合に限られていたが、生地主義を採用する全ての国で出生した者に限定された。
⑥旧国籍法上の国籍回復制度は、帰化の制度に統一された。

昭和59年改正国籍法

 昭和25年国籍法は、「国籍法及び戸籍法の一部を改正する法律」(昭和59年5月25日法律第45号)により大幅改正され、昭和60年1月1日から施行されている。主な改正点は次の通りである。
① 出生によりる国籍取得について、従来の父系血統主義を改め、父母両系血統主義を採用した。
②準正により日本国民の嫡出子たる身分を取得した者について、帰化の手続によらず、法務大臣への届出により国籍を取得できる制度を新設した。
③日本国民の配偶者である外国人の帰化の条件について、従来妻についてのみ条件を緩和していたものを改め、同一の条件を定める
④国籍留保性度 国外で出生した血統による重国籍者にも適用を拡大し、国籍不留保者について、法務大臣への届出による国籍の再取得の制度を新設された。
⑤ 重国籍者は、成年に達した後、所定の期間内にいずれかの国籍を選択しなければならないとする国 籍選択制度を新設した。
⑥ 経過措置として、改正法施行前に日本国民から母から生まれた子で所定の要件を満たす者は、法務大臣への届出により国籍を取得することができるものとした。
この改正は、最近における渉外婚姻の増加等の実情にかんがみるとともに、我が国が昭和55年に署名した「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(婦人差別撤廃条約)の批准に備えるためのものである。

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